日付 | 相手 | 球場 | 座席 | 得点 | コメント |
---|---|---|---|---|---|
6月17日 | 楽天 | 横浜 | B 指定 | 4 - 3 | 佐伯 久々に四番の働き !!1対0で迎えた2回表、ばりばり打つのは来週からにして欲しい礒部の2ランで逆転されたものの、その裏佐伯の3ランで再逆転。その後点が入りそうで入らない得意の拙攻を続けた。最終回はクルーンが登場。予想通りいきなり走者を出したものの、失点を1に押さえ4対3で勝利した。 さて、試合後のヒーローインタビューで佐伯は、
|
今年の大洋は5位と予想していたのですが、3位と健闘しました。 |
数少なかった観戦予定がことごとく雨で中止になりました。1991年以来の「シーズン無観戦」です。 |
日付 | 相手 | 球場 | 座席 | 得点 | コメント |
---|---|---|---|---|---|
8月10日 | 湘南 対 ロッテ |
横須賀 | 内野 | 4 - 0 | 東 死球を受ける !!前回のロッテ戦は若田部、黒木の先発であったが、本日は湘南が東、ロッテが小野をマウンドに送り出すことにより二軍の試合らしく始まった。さて試合の方は、2打席併殺打を放った村田のフェンス直撃の二塁打等で点を入れた湘南の勝ちとなった。 |
7月-5日 | 湘南 対 ロッテ |
横須賀 | 内野 | 10 - 1 | 若田部 vs 黒木 !!本日の先発は何でこんなところにいるんだ(本人談)の若田部と、ロッテのかつてのエース黒木であった。サブローの先頭打者本塁打で始まった本日の試合は、ロッテのまずい守備にも助けられ、いつのまにか10点を取った湘南が、失点をこの1点に押さえ勝利した。 本日の観戦目的は、元々スポーツ写真を撮る練習であったのだが、黒木が投げて若田部が打席に入る(及びその逆)という公式戦初の対決を見られたのは有益であったと言えよう。 |
6月21日 | 湘南 対 ヤクルト |
横須賀 | 内野 | 4x - 2 | 吉村サヨナラ2ラン !!本日の洋-ヤ戦は神宮と追浜の2ヵ所でやっており、どちらを観るか迷った結果追浜に行くことにした。先発は本来一軍にいるのが当然の斎藤隆と戎であった。4回からは東がマウンドに上がり、東が投げるのならユウイチとの対戦が観たいものだと思ったが(内輪ネタですみません)、それはなかった。 さて試合の方は、2対0のまま9回まではあっという間に進んだのだが、このまま2時間半で試合を終えては梅雨の合間に日向ぼっこに来た816人の暇人(主催者発表)に申し訳ないと思ったのか、東が畠山、ツギオに本塁打を献上し同点。9回の裏はあっけなく終り同点のまま延長戦かと思った矢先、石井琢が死球で歩き、19歳になったばかりの吉村がサヨナラ2ランで試合を決めた。 |
今年もついに一軍の試合を観戦しませんでした。もっとも今年の場合、一軍より二軍の方が見る価値があったと思います。 |
日付 | 相手 | 球場 | 座席 | 得点 | コメント |
---|---|---|---|---|---|
9月29日 | 湘南 対 ヤクルト |
横須賀 | 内野 | 5 - 7 | 今年最初で最後の観戦 !!関内の阪神戦、追浜のヤクルト戦、いずれを見に行くか迷ったものの、横浜の一軍選手と二軍選手は顔の日焼け具合くらいしか違わないなと思い、追浜まで足を延ばした。653人の大観衆(主催者発表)の中で行われた本試合は、やけに内野飛球の多いものであった。 |
|
日付 | 相手 | 球場 | 座席 | 得点 | コメント |
---|---|---|---|---|---|
6月28日 | ヤクルト | 神宮 | A 指定 | 3 - 13 | なんだこの沢山の人だかりは !!千駄ヶ谷駅を降りるとそこには沢山のひとだかり。しかもダフ屋までも大勢。まさかみんな神宮球場に行くわけはないな、と思ったら、やはり国立競技場でサッカーの試合をやっていたのであった。 さて試合は4回裏に横浜の負けが決まり、
|
4月14日 | 巨人 | 東京 ドーム |
コメット シート |
5 - 8x | 3年ぶりに巨人戦を見た !! でも負け。混んでる球場に行くのはあまり好きではないため、ここ2年はヤクルト戦・広島戦ばかり見ていたが、東京ドームの券を入手したため水道橋まで足を運んだ。序盤に3点先取したものの、先発三浦は今一つぴりっとせず四球を連発。途中からは試合の流れは巨人に傾き、結局5対5の同点で迎えた9回裏、清原にサヨナラ3ランホームランを打たれ万事休した。 13安打1ホームランの横浜が6安打4ホームランの巨人に敗れ、野球は安打を競うゲームでも進塁の数を競うゲームでもなく、本塁を踏んだ回数を競うゲームであることを再認識させられる試合でもあった。 |
勝ち負けを度外視しても試合があまりにもつまらないため、7月以降は一度も見に行きませんでした。 恐らく監督が替わるまでは球場に足を運ぶことはないでしょう。 |
Copyright (C) 1999-2005 Isao HARADA